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大阪高等裁判所 昭和63年(ラ)242号 決定

抗告人

松帆寿々子

右代理人弁護士

向田誠宏

相手方

松本常徳

主文

本件反訴状却下命令を取消す。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  相手方は抗告人を被告として、昭和六一年一月一二日午後一一時二〇分頃、神戸市西区伊川谷町上脇第二神明道路上り一〇SKP先道路上において、相手方と訴外岡田正純との間で発生した交通事故(本件事故)について、抗告人の受けた損害額は七五八万一四〇六円で、相手方はその全額以上を支払つているから、相手方の抗告人に対する損害賠償債務は存在しないとし、債務不存在確認の本訴を神戸地方裁判所に提起した(同裁判所昭和六二年(ワ)第一八五四号債務不存在確認請求事件)。そして、相手方は右訴訟の訴額は算定不能であるとして、これを九五万円とみなし、申立ての手数料八二〇〇円の印紙を貼付した(民事訴訟費用等に関する法律四条二項、三条一項、別表第一の一項)。

2  これに対し、抗告人は右事件の答弁書において、本件事故によつて抗告人の受けた損害は、相手方から支払を受けた金員以外になお一一五六万八一七六円が存在すると主張すると共に、相手方に対して反訴を提起し、右一一五六万八一七六円の支払を求めた(同裁判所昭和六三年(ワ)第三六〇号損害賠償請求反訴事件)。しかし、抗告人は右反訴状に申立ての手数料としての印紙を貼付しなかつた。

3  そこで、原審裁判所は反訴原告である抗告人に対し、反訴の手数料として印紙五万七四〇〇円の納付を命じたが、抗告人が所定期間内に納付しなかつたので、表記のとおり、反訴状却下命令をした。

原審裁判所が納付を命じた右金額は、抗告人の請求する訴額一一五六万八一七六円に対する手数料から、相手方が納付した手数料八二〇〇円を控除したものである(同法別表第一の六項下欄)。

4  抗告人が反訴請求にその手数料を納付しない理由は別紙のとおりであるが、要するに、抗告人は本訴の答弁書及び反訴状において、抗告人の受けた損害額は相手方主張以外に、なお一一五六万八一七六円が存在する旨主張したのであるから、相手方の訴額の算定は可能となり、相手方は本訴において右一一五六万八一七六円に対する手数料額から前記八二〇〇円を控除した金額の手数料を追加納付すべきであり、抗告人は同額の反訴請求をしたのであるから、前記同法三条一項、別表第一の六項下欄により差額はなく、納付すべき手数料はない、というにある。

以上の事実に基づき判断するに、相手方(本訴原告)は、相手方の抗告人(本訴被告)に対する損害賠償額は七五八万一四〇六円であるところ、その金額以上を支払つているので、それ以外に抗告人に賠償すべき損害は存在しないというのであるから、相手方が本訴において不存在を主張する債務(訴をもつて主張する利益)は右七五八万一四〇六円以外の債務である(最高裁判所昭和四〇年九月一七日第二小法廷判決、民集一九巻六号一五三三頁参照)。ところが、相手方は単に右「以外の債務」の不存在確認を求めるのみで、請求原因においてもその額を明らかにしないから、訴額の算定については、前同法四条二項を類推適用して九五万円とみるほかはない。

これに対し、抗告人は、その後の訴訟の進行過程において、本件事故によつて抗告人の受けた損害は、相手方から支払を受けた金額以外に、なお一一五六万八一七六円が存在すると主張したのであるから、相手方は右主張を争う必要があり(相手方の自認する前記七五八万一四〇六円の損害額の存否については争点とならなくなつた。)、これによつて相手方が本訴において不存在確認を求める前記「以外の債務」の額は右一一五六万八一七六円と確定したことになる。すなわち、相手方にとつて、本訴において主張する経済的利益は右一一五六万八一七六円である。

したがつて、本訴については、相手方において右一一五六万八一七六円の訴額に相当する手数料(九五万円の訴額の手数料八二〇〇円との差額)を納付すべきこととなる。

抗告人は、本訴の答弁をすると共に右一一五六万八一七六円の支払を求める反訴を提起したのであり、本訴とその目的を同じくするものであるから、抗告人が反訴提起により納付すべき手数料は同法三条一項別表第一の六項下欄により差額はなく、存在しないこととなる。

よつて、これと異なる見解のもとに、抗告人に対し反訴の手数料として印紙五万七四〇〇円の納付を命じ、その納付をしなかつたことを理由に反訴状を却下した原命令は失当であるから、これを取消し、本件を原審へ差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官川鍋正隆 裁判官若林諒)

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